●終括ショック◆神奈川県 小滝 晴子*2018-04-13

歴友に警告スル!!

この一年ほど、自分の終括=身仕舞に明け暮れた。

現在は長女の居候として、2階6畳一間に暮らしている。昼間彼等は出社して不在。19時過ぎに彼等が戻ると2階に退散する。階下のダイニングキッチンに、PC&TVがあるので、ノーブルなスコティッシュ猫と、連日TV見ながらの原稿作成? 食事も別々の殆ど一人暮らしに近い。

長年の《蛍雪の功》。部屋を埋め尽くす書籍類は、他の箪笥長持ちなどの生活必需品全部と茨城県ひたちなか市の旧屋にあり、必要な時だけ持ち出してくる二重生活だった。

友人連が次々とこの世にオサラバしての昨今、子供等に面倒かけぬようにと、終括を思い立ち、田舎通いも辛いので、以前10年ほど住んでいたことのある多摩市のURに2DKを借り、主に図書の処分を検討するための図書類ほか少々の、プチ引っ越しをした。

ところが、今年の猛暑に遭遇、多摩にすら通うのが無理の老体、殆ど何も出来ず箱詰めのまま、1年過ぎた。歴研友の水野・奥住先生にお運び戴き近代中国関連書籍少々。東洋大学史学部の岩下哲典先生のご配慮に縋り、弟子院生の助力を得て、書籍・写真類を多少引き取って頂いたが、まだまだ50箱ほど残こり、歴研電子版にメッセージを投稿したが、応答無いまま、「家賃がもったいない……田舎の自宅ならタダだ」と長男に説得され、結局、ソックリ田舎に持ち帰った。

茨城女子短大に10年教鞭をとったことでもあり、田舎住まいも悪くないか? と書籍に惹かれて田舎に帰ることも考えたが、旧屋は、東北3.11震災に例外なくやられていた。オマケに、昨年末12月半ばニュースにはならなかったが、茨城地方地震のため、水回りアウト!!修理に50万の見積もり、今更修理の手間をかける価値も無い半世紀すぎた古家は解体すべきとの岡目八目も有り、もてあまして、墓を引き継いでもらう長男にまかせることにした。

程なく、便利屋と終括の相談が纏まり、「古い物は全部処分するから立ち会いなさい」との指示に従い、運び出す時に保存か処分か選択できると、自分に都合よく考えたのが大間違だった!!

前日から駅前のビジネスホテルに泊まり、9時開始!! 自宅に着いてみれば、トラック2台が横付けし、すでに積載が始まり、大切なもの、保存したい物全てを判断する余裕も無く、駆り出されたバイトの若者たちがバケツリレー式に、選択の余裕無くトラックに積載!! タダ呆然と邪魔にならにように眺めるのみ、書類ケースに何気無く入れていた貯金通帳から、買ったばかりの靴~新しい電子レンジも、ラジカセ、シュレッダー、ケースごとトラックに放り込まれ、万事後の祭り!!

「任せる……」と、言った以上、今更どうにもならない成り行きに、ひっそりと嘆くばかりのお粗末にして惨めな結末となった。

老いの繰り言!! あの3.11.に食器類は陶器も磁器も例外なく殆ど壊れた。もてなし用の美事な茶道具入れだった津軽塗が棚から転げ落ちていたが、皹一つ無く艶めくまま、流石と感動。「これは云々然々につき保存」とメモをつけておいたにもかかわらず、行方不明である。

7チャン《なんでも鑑定団》野球グッズ特番! ミスタージャイアンツ長島茂雄氏を取材した折にサインして戴いた鞄に、マラソンの瀬古さんが「長島さんの横に僕がサインしてもいいのですか?」と恐縮しながらサインするお人柄を讃えて、TV画面を飾ったその両雄サインの古い鞄も無い……

私が高校生の頃、池袋で営業≪さくらや≫の店先での鼻唄を聞きつけ、雪村いずみのマネージャーを名乗るご夫婦が当時、珍しい録音機器を抱えてきた。口を極めて「歌手になれ」と、焚き付け、日本調の唄を5曲ほど録音!! 両親の絶対反対に遭い挫折したが、その記念の音盤も無い!!

「昔を今になすよしもがな」あまりのショックに心身朦朧、半病人状況、歴友の諸氏に警告する。物余りの現代は物自体より、空間そのものに価値がある。

従って、処分は体力のあるうちに自力で早々に済まさねば、悲しい終末を迎える……と・然云しかいう

感  想