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全国ネットワーク歴研だより
(地域歴研・テーマ歴研、連携団体レポート)

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【更新 2015-6-21】

◎北海道・東北


◎関東・甲信越

★常総歴史研究会
*4月に26日(土)好天に恵まれた中、「水戸の史跡を訪ねて」と題して室伏弘七世話人(牛久市)の案内のもと、史跡巡りを楽しみました。参加者20名。コースは柏駅西口7時30分観光マイクロバスで出発、最初の目的地は土浦市の海蔵寺。海蔵寺は応永年間(1394年〜1427年)の創建で、開祖は小田城第9代城主の小田治朝。宗派は曹洞宗。小田氏の祖先は平安時代の関白藤原通兼まで遡る。その後、かすみがうら市崎浜の県道沿いにある天然のカキ貝殻層崖に古墳時代後期の横穴が16基ある崎浜横穴古墳群を訪れた。
このカキ貝殻層にみられる横穴は古墳時代の後期(約1200〜1300年前)につくられた古墳である。次に三層の天守閣をイメージしたかすみがうら市郷土資料館を訪れた。▼現在、天狗党総裁の竹内百太郎と元新撰組参謀・高台寺党の伊東甲子太郎展が行われており、見学した。その近くに霞ヶ浦に面した景勝地、歩ア観音があり、昭和30年代前半に当地を舞台に撮影された東映映画「米」の記念碑、忠魂碑などを見学した。
次に富士見塚古墳を訪れた。富士見塚古墳群は西に筑波山、北と東に霞ヶ浦、南に菱木川の低地を望む景勝の地にあるかすみがうら市最大の前方後円墳で全長80・2m、前方部の高さ9m、後頭部の高さ8・5mの古墳を中心に周囲には数基の円墳があって富士見塚古墳群をなし、現在は古墳公園として整備し公開されている。▼その後、世界的・国民的なスター歌手であった坂本九の祖父坂本金吉とその妻の墓のあるかすみがうら市の東福寺を訪れた(墓は坂本九の父(寛)が建立)。坂本金吉は元治元年(1864)、現在のかすみがうら市田伏に生まれ、坂本ハマに婿入りして坂本姓になった。生活の糧は霞ヶ浦の伝統的な帆引き網漁でその後、坂本家は秋田県八郎潟に移住した。一家は20年間その地で生活して息子(寛、ゆたか)が就職する機会に川崎市に移り住んだ。昼食後は「常陸国風土記」に地名の由来の記録がある玉清井を訪れた。常陸風土記によれば「倭武天皇が槻野の清泉においでになり、水辺で手を洗い、玉で井を清められたので、この泉を玉の清井と言う」とのことである。その後は俗に常陸の高野山ともいわれる西蓮寺を訪れた。西蓮寺は延暦元年(783年)桓武天皇の勅願により最澄の弟子最仙上人が開山したと伝えられる。西蓮寺の行事としては毎年9月24日〜30日まで、常行三味会(7日間昼夜兼行で堂内をめぐる法会供養で長者供養という)が有名である。次に県有形文化財の大山守大場家郷土屋敷(大場家住宅、行方市)を訪れた。佐竹義宣の秋田移封後、慶長十四年(1609年)新たに水戸藩が創られ玉造地方がその支配下に入ると、水戸藩は大場家を玉造地方の最有力者として重きをおき、初代藩主徳川頼房は、大場家屋敷内に御殿を建てさせて水戸南領の藩政事務所兼宿泊所とし、三代清左衛門(正治)を郷徒歩に任じた。その後、正治の子、正勝兄弟の働きによって、大場家は水戸藩との結びつきを更に強め、元禄十六年(1703年)六代惣介方正が大山守役に任命された。大場家は大山守を代々世襲し、明治に至った。大場家には水戸藩主が領内巡村する際の「御旅館」としての特別な役割があった。屋敷全部が藩主一行のために使われ、藩主は「御殿」と呼ばれる建物に宿泊した。また、幕府の諸国巡見使一行の時の「本陣」にもなった。御殿の補修等は藩の御普請(藩の費用による工事)でなされ、公的な所として普段の生活には使用しなかった。
次に、防人の歌碑(行方市)を訪れた。防人は古代に対外防衛の為、西海の辺境に配置された兵である。664年に対馬、壱岐、筑紫に置かれたのが初期の整備で出張地は全国均等ではなく、東国出張者が多かった。万葉集巻20には天平勝宝七年(755年)時、筑紫の赴いた東国の防人の歌が48首あって、うち10首が常陸の国の防人の歌である。▼そのうちの、若舎人部広足の2首の歌碑がある。複数句現存しているのは若舎人部広足の2首のみである。次に玉造町芹澤出身の新撰組の筆頭局長、芹澤鴨の生家とその先祖が住んでいたとされる芹澤城跡を訪れた。戦国時代には芹澤家は医薬(疵の治療薬)の術をもつ武将として知られていた。その後、三味塚古墳(行方市)を訪れた。三味塚古墳は、鎌田川流域の水田沖積低地に築かれた全長85m、後円部径47m、前方部幅36・5m、後円部高さ8m、前方部高さ6mの規模を持つ5世紀後半に築造された前方後円墳で霞ヶ浦沿岸地域では群を抜いた規模と豊富な副葬品を持っている。▼最後に小美玉市竹原の道鏡法王祀と孝謙天皇宮を訪れた。奈良時代の高僧である道鏡禅師は法王にまでなったが、時の権力者に妬まれた結果、下野の薬師寺に左遷された。竹原の人々は道鏡禅師をお呼びしてここに住んでもらうことにした。それは、竹原の人々が都で訴訟を起こした時、道鏡禅師をおかげで事がうまく済んだ恩返しであった。▼孝謙天皇宮は竹原に移り住んだ道鏡禅師が寵愛を受けた孝謙天皇を偲んで立てたといわれ、社殿のほか「御殿」も築いて毎日礼拝したと伝えられている。帰路17時30分柏駅西口に帰着。▼社中で配布された資料に案内人から仔細な説明を受け、霞ヶ浦北辺地域の歴史について詳しく学ぶことができた一日となりました。
[今後の予定]
*5月17日(日)柏市教育福祉会館で15時30分から定例会を開催します。
特別講演「旧家の土蔵が崩れ、第一級の戦国時代史料が出てきた」
発表者=講師 吉田家の末裔で、ラモーダヨシダ会長 吉田蒼生雄先生
*6月7日(日)定例会(柏市教育福祉会館)
会員講演「近代社会の事業の父、原胤昭」 山下洋輔 会員
    〈レポート 石川 尚〉
【連絡先】〒277・0861
千葉県柏市高田63の35
三好賢司(世話人代表)方
TEL 04・7139・8177
FAX 04・7139・8178

★中国の歴史と文化を学ぶ会
*第226回例会は5月3日(日)憲法記念日に大田区入新井集会室で開催した。大型連休のど真ん中にも拘らず44名が出席した。13時半、土屋常任理事の司会でスタート。三堀会長の挨拶では4月8日に多数参加して清澄庭園で行なわれた交流会の様子、ホームページの刷新状況も紹介された。▼会員発表の初めは堂森大平氏の「漢方薬は何故、効くか」。氏はこのテーマで8回目の発表とあって文字通り自家薬籠の物になっている。今回は要点をプロジェクターに映して、西洋医学と漢方医学の違い、今、何故、漢方医学なのかということから話し、個々の症状に対して効能のある漢方薬の名を挙げて実用の学として漢方の奥の深さを印象づけた。▼次に田原和夫氏から著書「ソ満国境・15歳の夏」の映画化について報告があった。日中関係の悪化などもあって映画の制作が遅れていたがこのほど完成し、いよいよ8月から公開されるという嬉しいニュースだった。▼次の発表は荻野眞氏の「常用漢字 パート6」。常用漢字2136字のうち、小学で習うのは1006、中学では1130。その主な漢字を取り上げ常用漢字の変遷を語り、また、1995年から年末の恒例行事になっている「今年の字」を振り返り、20年間の世相との関係にみる漢字一字の表現力の妙味を改めて感じさせた。▼終わりに長沢壽治氏による中文会ホームページ刷新の内容説明、若松省介氏による今夏の中国旅行の案内があって閉会。17時からの懇親会に29名が参加した。
[中文会の活動]
*中文会はアマチュアの中国研究会です。活動の詳細はホームページ「中文会」でご覧下さい。   〈レポート 朝倉宏哉〉
【連絡先】〒162・0044
東京都新宿区喜久井町34
芳川雅信(総務部長)方
рO3・3203・3137

★神奈川歴史研究会
*4月19日(日)に第298回例会が藤沢市の労働会館において開催された。常連の会員の所用による欠席はあったが久しぶりに20名を超える参加者であった。▼最初の講演者は当会顧問の二階堂玲太氏で昨年に引き続き「大航海時代と戦国日本」と題されて信長編に続き秀吉編の発表をされた。前回の続きの「本能寺の変」では南蛮寺からイエズス会が大砲を本能寺に打ち込みその爆発により信長が死んだとの話や信長の嫡男信忠は何故、二条城で戦死したのか。直ちに安土城へ向かい体勢を立て直して光秀討伐に向かえばと思われるのであるが、そうはしなかった。また、一説には信忠が父信長を封じ込めるために秀吉や家康と語らって起こした事件との説も紹介された。「本能寺の変」については昔から謎が多いとされ、現在に至るもその解明が続けられている。続いて、キリスト教(特にイエズス会)の世界戦略の中での日本で動きにつき興味深い話をされた。初期に中心的な働きをしたとされるザビエルについては彼に与えられた使命はキリスト教の布教・古代キリスト教(景教)の調査であったが、彼は日本の銀にも注目していたとも言われている。氏はローマ法王が世界の二分割してスペインとポルトガルに与えたとの話をされ、航海術の発達や火器(火器の中心は小銃から大砲へ移行)の発達があり大砲を中心とする武器取引が活発となり、商人のみならずイエズス会の宣教師もその片棒を担いでいた。イエズス会の大きな目的はキリスト教の東洋への伝播であり、東南アジアのイスラム教徒を追い払い、その先には明を征服することにあり、日本をその軍事基地・兵站基地とすることにあったと説明された。信長や秀吉はそのような事態に対応せねばならない時代であったのである。その面からも日本の早期統一は焦眉の急であった。話はキリシタン大名(大友・有馬・大村)とイエズス会の関係からイエズス会内部の抗争にまで及びマクロ的な視点から当時の状況を俯瞰された。▼二番目の講演者は理事の仲西肇氏で「化石燃料の歴史」と題して話をされた。普段の歴史講演とは異質なテーマであったが、氏は燃料関係の仕事に携わって世界を飛び回っておられた経験も踏まえて説明をされた。化石燃料とは石炭石油・天然ガスなど過去の植物や動物の遺骸が変化して生成した燃料で起源が生物にあるという理論で一般常識とされているが、「炭化水素の起源は地球形成の際に取り込まれた地球深部の物質によるとする少数意見ではあるが有力な異論がある。それによると石油を始めとする炭化水素類は有機堆積物によるものではなく、地球深部から浸出して来たものと説明されるのである。氏は石油の起源についての諸説の解説、炭素はどこから来たのか、地球の生成、隕石やダイヤモンドや地震や火山噴火等が我々に教えて呉れる事柄についても詳しく説明をされた。現在、石油や天然ガスは地球上の表面積の2%に生産可能な石油の60%が集中しているが、今後、新燃料として期待されるメタンハイドレードの分布が広がっており海底堆積量は天文学的な数値とのことであり、これが新技術の開発により活用可能となれば、世界の力学も大幅に変わることであろう。知らない話が多く非常に興味深く聞かせて頂いた。その後、有志にて藤沢駅側の居酒屋で懇親会を開催し散会した。    〈レポート 竹村紘一〉
【連絡先】〒224・0032横浜市都筑区茅ヶ崎中央40の3グランクレールセンター南519 井上誠一(会長)方
рO50・5808・7676

★横浜歴史研究会
*4月26日(日)春季歴史散歩。「中世・幕末の世田谷を訪ねる」。訪問地は東京都世田谷区世田谷線沿線。午前は世田谷八幡宮・井伊直弼の墓のある豪徳寺・吉良氏8代の居城の世田谷城跡を巡り昼食となる。午後は吉良氏の菩提寺である勝光院・代官屋敷と郷土資料館・松陰神社等を見学する。参加者76名。
?5月3日(日)例会開催。
発表者3名。参加者95名。
▼会員北村邦明氏。題「寺社造営料唐船とその時代背景」寺社造営料唐船とは、14世紀前半に寺社の造営費用を得ることを名目に「元」へ派遣された民間貿易船の総称。朝廷又は幕府が公認。初めに「称名寺船」・「住吉社船」など具体的事例について検証する。その後この時期に限って現れた背景、寺社造営の費用などについて解説された。北村氏は、古文書を丹念に調査されて結論を導き出されている。
▼会員間淵二三夫氏。題「記紀の暦あれこれ」。史書において「暦」は必須事項であることから、『古事記』及び『日本書紀』の「暦」は如何なるものであったかを探求された。わが国への暦の導入から始まり、記紀の暦の運用について両者の相違や、『日本書紀』の四季・時刻などについて詳述される。また元号や讖緯説・元嘉暦・儀鳳暦などにも触れられた。間淵氏は難解な記紀の「暦」について興味深く解説された。▼理事上野隆千氏。題「安達一族の興亡」。源頼朝の死後、幕府の実権が北条家へ移行する中で、幕府創設以来の有力御家人の梶原・比企・畠山・和田・三浦などが相次いで滅亡。他方、安達一族は北条得宗家と同盟的な関係を築く。さらに北条氏と姻戚関係を重ね泰盛の代に権勢は頂点を極める。やがて得宗家内管領の平頼綱と対立し弘安八年(1285)頼綱らに討滅された。上野氏は分かり易く、また、とても上手にまとめられました。
[次回例会]
*6月2日(火)会場・横浜市開港記念会館・午後一時半より。第一部発表者会長加藤導男氏。題「悲運の朝日将軍・木曽義仲の虚実」。第二部講演会。講師は明智光秀の子孫である明智憲三郎先生。演題「本能寺の変 431年目の事実」参加費千円。非会員の方の参加大歓迎です。    〈レポート木村久〉
【連絡先】〒245・0053
横浜市戸塚区上矢部町1624の21 加藤導男(会長)方  рO45・812・4881


◎東海・北陸

★静岡県歴史研究会
*4月26日(日)静岡市葵区の「マイホテル竜宮」において、平成27年度定例総会を開催。篠原会長の挨拶で始まった。次に総会成立の確認が報告され、堀川幸美理事の司会のもと、松葉屋幸則が議長に選出されて議事に入った。▼26年度の活動報告、会計報告ならびに会誌刊行事業報告が承認された。会誌7号の発行には大変苦戦をしたがやっと完成できたことで感無量である。一人で取り組んで頂いた太田相談役には心から感謝申し上げる。次に役員の改選に関して、全員が改選期に当たるが、今回は全員が留任ということで決定した。続いて27年度の活動計画、予算案も承認された。今年の一泊見学旅行は須山さんの企画で金沢方面と決まった。今年度の会報は143号、144号、145号の3号を大川副会長が担当され発行する予定である。
▼総会後、懇親会を行った。全員が近況報告を行い、和気藹々の内に終了した。この4月には新しく二名の方が入会されたが、逆に二名の方が退会されている。静岡歴研をもっともっと活発にしたい。本誌を読まれた方のご入会をお勧め致します。
[今年度の活動計画]
@5月31日(日)静岡市文化財資料館において定例研究会。発表は次の三氏。
・林浩三氏「日本の歴史における稲作と米食文化」
・篠原旭氏「有度丘陵と三保半島」
・堀川幸美氏「行基菩薩」
A6月23日(火)〜24(水)
金沢方面の史跡巡り(一泊二日)
B9月13日(日)静岡市において定例研究会。
C11月2日(日)島田市周辺の史跡巡り(日帰り)。
D12月13日(日)静岡市において定例研究会。
E平成28年2月7日(日)富士市において定例研究会。
  〈レポート 松葉屋幸則〉
【連絡先】〒422・8045
静岡市駿河区西島363の55
篠原旭(会長方)


◎関西


◎中国・四国